【読書メモ】 『ルネッサンス』カルロス・ゴーン
カルロス・ゴーン氏の経歴
西暦 | 出来事 |
1954 | ブラジル西部のポルト・ベーリョで生まれる。父はレバノン系ブラジル人、母はレバノン系フランス人。 |
1960 | 母とレバノンへ移る。(6歳) イエズス会系の学校へ10年近く通う。パリでエコール・ポリテクニーク(国立理工科学校。米MITに相当。)の準備学級へ進学。フランス語の授業に苦労する。1年後、エコール・ポリテクニークに合格、入学。カルチエラタンで過ごす。アメリカ人留学生との交流会会長を務める。この頃の本人の主要言語はフランス語とアラビア語とポルトガル語。エコール・デ・ミーヌ(国立鉱山学校)に進学。 |
1978 | 卒業前に、ミシュランの人間から声がかかる。製造部門でへの配属を希望する。 |
1978 | ミシュラン(仏)に入社(24歳)。 リュ・ピュイ工場で工場労働者として半年間勤務。さらに別の工場でスーパーバイザーとして半年間勤務。品質管理エンジニア、現場マネジャーを歴任。 |
1980 | リュ・ピュイ工場長に就任。(26歳) 2年間勤務。R&Dテクニカルセンターに転勤。 |
1984 | 大型車用タイヤのR&Dテクニカルセンター所長に就任。(30歳) |
1985 | ミシュラン・ブラジルのCOOに就任。(30歳) 赤字事業を黒字に転換。 |
1989 | ミシュラン北米のCEOに就任(35歳)。 ユニロイヤル・グッドリッチ社との統合を指揮。フランスとアメリカの異文化統合を経験。クロス・ファンクショナルチーム(CFT)を発案、導入。 |
1995 | パリのヘッドハンターからスカウトされる。(41歳) |
1996 | ルノーに転職。副社長に就任。(42歳) 赤字を建て直すためにリストラを断行。 |
1997 | ベルギーのビルボード工場を閉鎖。EU、ベルギー国王、フランス政府、労働組合などから猛反発をくらう。 |
1998 | 5月 ダイムラーベンツとクライスラーが合併。自動車業界で社内で危機感がつのる。 |
1999 | 3.27 ルノーと日産がグローバル提携に調印。ルノーが日産に6430億円を出資。 |
1999 | 6月 日産のCOOに就任。 |
1999 | 10.18 日産リバイバルプラン(NRP)発表 |
2001 | 日産のCEOに就任(47歳) |
2006 | ルノーのCEOに就任(52歳)。日産CEOと兼務。 |
カテゴリ:
books